先日、顎の下にある肉垂(にくすい)を自分で噛み、皮膚に傷ができたウサギが来院しました。
このウサギでは、偽妊娠に伴う巣作り行動が過剰になり、自傷に発展した可能性が考えられました。
ウサギは偽妊娠すると、巣を作るために顎下や胸、腹部の毛を自分で抜くことがあります。毛を抜くだけで終わることもありますが、皮膚までかんでしまうと、出血や細菌感染を伴う傷になることがあります。
また、偽妊娠のように見える行動や乳腺の変化の背景に、子宮腺がんをはじめとする生殖器疾患が隠れている可能性もあります。
特に、未避妊の中高齢ウサギで症状を繰り返す場合や、出血、乳腺の異常、食欲低下などを伴う場合は、「いつもの偽妊娠」と自己判断せず、動物病院で検査を受けることが大切です。

偽妊娠に伴う巣作り行動が過剰になり、顎下の肉垂を自咬したウサギです。毛が抜けているだけでなく、皮膚に発赤と損傷が認められます。
※症例写真の状態や治療結果には個体差があります。
ウサギの偽妊娠が起こる仕組み
ウサギの偽妊娠は、妊娠していないにもかかわらず、排卵後のホルモン変化によって、体や行動に妊娠と似た変化が現れる状態です。
ウサギは、交尾などの刺激をきっかけに排卵する「交尾排卵動物」です。排卵しても受精しなかった場合、黄体から分泌されるホルモンの影響により、妊娠していなくても巣作りや乳腺の発達が起こることがあります。
偽妊娠のきっかけには、次のようなものがあります。
- 妊娠に至らなかった交尾
- ほかのウサギに乗られる行動
- ほかのウサギに乗る行動
- オスのウサギが近くにいる環境
- 性的・社会的な刺激
そのため、オスと交尾していないウサギでも偽妊娠を起こすことがあります。
偽妊娠でみられる主な症状
偽妊娠では、巣作り、抜毛、乳腺の発達、性格や行動の変化などがみられます。
主な症状は次のとおりです。
- 顎下、胸、腹部の毛を抜く
- 牧草や敷材を口にくわえて運ぶ
- 毛や牧草を集めて巣を作る
- 乳腺が発達する
- 乳汁が出る
- 巣やケージを守ろうとする
- 縄張り意識が強くなる
- 攻撃的になる
- 落ち着きがなくなる
- 食欲が低下する
- 自分の皮膚を過剰になめる、またはかむ
巣作りのための抜毛は、特に顎下の肉垂、胸、腹部、乳腺周辺でよくみられます。
ただし、これらの変化は偽妊娠だけにみられる症状ではありません。乳腺や生殖器の病気、皮膚病、歯科疾患、痛みなどでも、脱毛や行動の変化が生じることがあります。
過剰な巣作りによる自傷のリスク
巣作りのための抜毛が過剰になると、毛だけでなく皮膚までかみ、自傷につながることがあります。
本来、毛を抜く行動は、巣に敷く柔らかな材料を集めるために行われます。しかし、同じ場所を繰り返しかんだり、毛と一緒に皮膚を強く引っ張ったりすると、次のような皮膚障害が起こります。
- 局所的な脱毛
- 皮膚の発赤
- 擦り傷や裂傷
- 出血
- 腫れ
- 細菌感染
- 膿瘍
- 傷に対するさらなるなめ壊しや自咬
ウサギの皮膚は薄いため、小さく見える傷でも皮下まで損傷している場合があります。
さらに、傷による痛みや違和感から同じ部位を再びかみ、傷が広がる悪循環に陥ることもあります。皮膚に傷ができている場合は、通常の巣作りとして放置しないことが重要です。
受診が必要な自傷の見分け方
皮膚に赤み、出血、腫れなどがあれば、単なる抜毛ではなく、治療が必要な自傷の可能性があります。
毛を抜いていても、皮膚に異常がなく、食欲・元気・排便が普段どおりであれば、一時的な巣作り行動として経過をみられることがあります。
一方、次のような状態では診察が必要です。
- 皮膚が赤くなっている
- 皮膚が裂けている
- 出血している
- 傷が湿っている
- 膿や悪臭がある
- 同じ場所を何度もかんでいる
- 触ると痛がる
- 傷が広がっている
- 元気や食欲が低下している
- 便が小さい、少ない、または出ていない
皮膚が見えるほど毛を抜いている場合は、可能な範囲で傷の有無を確認してください。ただし、無理に仰向けにしたり、強く押さえつけたりすると、ウサギが暴れてけがをする危険があります。
確認が難しい場合は、無理をせず動物病院へご相談ください。
偽妊娠の背景に潜む子宮疾患
偽妊娠のような行動がみられても、子宮や卵巣が正常とは限りません。未避妊のメスウサギでは、子宮腺がんなどの生殖器疾患が併存している可能性があります。
注意したい生殖器疾患には、次のようなものがあります。
- 子宮腺がん
- 子宮内膜過形成
- 子宮水腫
- 子宮蓄膿症
- 卵巣疾患
なかでも子宮腺がんは、未避妊の中高齢ウサギで特に注意が必要な腫瘍です。初期には目立った症状がなく、進行してから異常が見つかる場合もあります。
子宮疾患を疑う主な変化には、次のようなものがあります。
- 陰部からの出血
- 血尿のように見える出血
- 陰部からの分泌物
- 元気や食欲の低下
- 体重減少
- お腹の張り
- 乳腺の腫れやしこり
- 呼吸が速い、または苦しそう
- 生殖行動や性格の変化
子宮からの出血が尿に混じり、血尿のように見えることもあります。また、子宮腺がんが肺などへ転移すると、呼吸症状が現れる可能性があります。
偽妊娠そのものが子宮腺がんを意味するわけではありません。
しかし、偽妊娠のような状態を繰り返す場合、通常とは異なる症状がある場合、未避妊の中高齢ウサギである場合は、背景に生殖器疾患がないか確認することが大切です。
偽妊娠以外で体をかむ原因
ウサギの自傷行動は、偽妊娠以外の病気や痛み、ストレスによっても起こります。
主な原因として、次のようなものが考えられます。
- 子宮や卵巣の病気
- 乳腺炎や乳腺腫瘍
- 皮膚炎
- ダニなどの外部寄生虫
- 細菌や真菌による感染
- 傷や膿瘍
- 歯科疾患
- よだれによる顎下の皮膚炎
- 神経の異常
- 体の痛み
- 強いストレス
- 生活環境の問題
- ほかのウサギによる毛抜きや咬傷
特に顎下は、歯科疾患によるよだれで皮膚炎を起こしやすい場所です。皮膚に痛みやかゆみがあれば、その部位をなめたりかんだりすることがあります。
また、飼い主さんには自分でかんだように見えても、実際には同居するウサギによる毛抜きや咬傷の場合があります。
巣作り行動が同時にみられていても、それだけで自傷の原因を偽妊娠と断定することはできません。
動物病院で行う検査
動物病院では、自傷部位だけでなく、歯、乳腺、子宮・卵巣などを含めて原因を調べます。
年齢、避妊手術の有無、症状、全身状態に応じて、次のような診察や検査を行います。
- 自傷部位と皮膚の状態の確認
- 口腔内や歯の確認
- 乳腺の触診
- 腹部の触診
- 超音波検査
- レントゲン検査
- 血液検査
- 尿検査
- 傷や分泌物のチェック
- 病理組織検査
子宮腺がんや子宮内膜の異常は、外見だけでは判断できません。必要に応じて腹部超音波検査やレントゲン検査を行い、子宮の腫大や腫瘤の有無を確認します。
子宮腫瘍が疑われる場合は、肺などへの転移の有無を調べるため、胸部レントゲン検査などを行うこともあります。腫瘍の種類を確定するには、摘出した組織の病理検査が必要です。
自傷の治療と避妊手術による予防
自傷の治療では、皮膚の傷を処置するとともに、自傷を引き起こした原因や背景疾患への対応を行います。
症状に応じて、次のような治療を検討します。
- 傷の洗浄と処置
- 痛みを抑える治療
- 細菌感染に対する治療
- 傷をかませないための保護
- 食欲低下に対する補助治療
- 皮膚病や歯科疾患の治療
- 乳腺や生殖器疾患の治療
- 避妊手術
皮膚の傷だけを治療しても、巣作り行動や自咬が続けば、再び傷が開く可能性があります。そのため、傷の治療と原因への対応を同時に行うことが重要です。
卵巣と子宮を摘出する避妊手術を行うと、卵巣由来のホルモンによる偽妊娠は基本的に起こらなくなります。また、子宮を摘出するため、子宮腺がんを含む子宮疾患の予防にもつながります。
偽妊娠を繰り返すウサギや、偽妊娠に伴って自傷、強い攻撃性、食欲低下などを示すウサギでは、再発予防として避妊手術を検討します。
ただし、適切な手術時期と麻酔のリスクは、次のような条件によって異なります。
- 年齢
- 全身状態
- 自傷による傷の程度
- 感染の有無
- 子宮や乳腺の異常
- 心臓や呼吸器の状態
すでに子宮腺がんが疑われる場合は、手術前に病変の広がりや転移の有無を調べる必要があります。ウサギの診療に慣れた動物病院へご相談ください。
すぐに受診すべき危険なサイン
出血、感染、食欲低下、排便の減少、陰部からの出血などがある場合は、早急な診察が必要です。
次のような症状があれば、できるだけ早く動物病院へご連絡ください。
- 皮膚から出血している
- 傷が深い、または広がっている
- 傷口が腫れている
- 膿や悪臭がある
- 同じ場所を繰り返しかんでいる
- 元気がない
- 食べない
- 便が小さい、少ない、または出ていない
- 乳腺が赤い、熱い、硬い
- 乳腺にしこりがある
- 陰部から出血や分泌物がある
- 血尿のようなものが出ている
- お腹が張っている
- 体重が減っている
- 呼吸が速い、または苦しそう
- 偽妊娠のような状態を繰り返す
ウサギでは、痛みやストレスをきっかけに食欲が低下し、消化管の動きが悪くなることがあります。皮膚の傷だけに見えても、食欲や排便に変化があれば早急な対応が必要です。
よくある質問
巣を急に撤去すると、ウサギが再び毛を抜いたり、強いストレスを感じたりする可能性があります。安全上の問題がなければ無理に壊さず、ウサギが巣への関心を失ってから片付けます。自傷を伴う場合は、巣の扱いを含めて獣医師にご相談ください。
飼い主さんの判断では使用しないでください。ウサギがなめた場合の安全性や、皮膚組織への刺激が問題になることがあります。傷の処置には、状態に応じた薬剤を選ぶ必要があります。
自己判断での装着はおすすめできません。ウサギでは、カラーが食事、毛づくろい、盲腸便の摂取などを妨げる可能性があります。必要性、形状、装着期間について獣医師の指示を受けてください。
自宅で確実に見分けることは困難です。子宮からの出血が尿に混じり、血尿のように見える場合があります。赤い尿や出血がみられたら、写真や汚れたペットシーツなどを記録として残し、早めに受診してください。
まとめ
ウサギの偽妊娠では、巣作りのために顎下の肉垂や胸、腹部の毛を抜くことがあります。行動が過剰になり、皮膚までかんでいる場合は、出血や感染を伴う自傷に発展する可能性があります。
また、偽妊娠らしい行動がみられていても、子宮や乳腺が正常とは限りません。特に未避妊の中高齢ウサギでは、子宮腺がんなどの生殖器疾患が背景に隠れている可能性を考える必要があります。
次のような場合は、「いつもの偽妊娠」と決めつけず、早めに動物病院を受診してください。
- 皮膚に傷や出血がある
- 偽妊娠のような状態を繰り返す
- 陰部から出血している
- 乳腺に腫れやしこりがある
- 食欲や排便に変化がある
- 未避妊の中高齢ウサギである
自傷部位の治療に加えて、その行動を引き起こした原因と、背景にある子宮・卵巣・乳腺の病気まで確認することが大切です。

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